絵空事たいむ

ブログの内容は、空の写真だったり稀に旅行記です。

半生をつづる。

ぱっと思いつく限り、自分は何をしてきたか、赤裸々と書いていく。高校時代くらいまで。

 

自分は平成生まれである。もちろん生まれた当時のことは記憶にないけれど、それはそれは親にしてみれば大変だったらしい。

まず生まれたときに心臓が止まっていたらしい。よくそこから復活したもんだと思う。

 

小さなころの記憶はわずかながらにしかない。
家族で旅行に行ったとき、僕は風邪気味だったらしい。風邪気味だったことは覚えていないが、女風呂に入っていた僕はそこでうんこを漏らした。漏らした記憶は若干ある。。。幸い、母と僕以外、誰もいなかったようだけど。

 

マンションと呼べばいいのか分からないけれど、仲良しだった女の子がいた。小1の頃だったか。ワンピースを着ていたその子に悪戯をよくした。悪戯をしてよくパンツを見ていた。

残念ながらノストラダムスの予言の記憶はない。親ともそういう会話をしていなかったので、あんまり気にしていなかったんだと思う。

 

ゴジラガメラが好きだった。大怪獣が好きだった。でも、ウルトラマンはあんまり記憶はない。というのも、いつもウルトラマンがやっている時間帯、僕はスイミングに通っていたからいつも見れなかったのだ。ウルトラマンコスモスとか、ダイナとか。

 

夏休みは、母方の祖父の家によく行った。というか、ほとんど毎日いっていた。祖父は現役時代、学校の先生であり、習字の先生でもあった。

夏休みの宿題として習字があったので、毎日通っていたのだ。通わされたの間違いかもしれない。祖父は厳しかった。僕は正直行きたくなかった。というか、泣いた記憶もある。けれど、上手にかけたときは褒めてくれた。

小学生の頃、一度だけ優秀賞に選ばれて、町内の図書館に飾られたことがあった。今でも覚えている。嬉しかったなぁ。祖父も喜んでいた。その祖父はもういないけれど...

 

虫取りにも行った。母方の祖父の実家。山奥だった。カブトムシやクワガタを大量にゲットした記憶がある。しかし、虫取りが終わって祖父の実家にいるとき、車の中に放置していた昆虫は全て日射病で絶滅してた。あの当時は、熱中症とは呼ばずに、日射病と呼んでいた記憶がある。ちなみに僕は泣いた。

 

小学3年生から6年生にあがるまで、バドミントンをやっていた。親戚の人がコーチだった。まったく楽しくなかった。

 

中学はコンピュータ部に入った。陸上部とコンピュータ部で迷った挙句、楽な道を選んだのだ。親はさぞ、ショックを受けただろう。得たものはタイピング。失ったものは…分からない。

 

中学は中学でまぁ楽しかった。中学3年生になってからは、塾に通っていた他校の子と仲良くなった。本当に良い思い出だった。そして、勉強嫌いで成績が非常に悪かった自分を、わずかながらにもアップさせてくれた塾長。安藤大作塾長。本当にお世話になった。今はとんでもなく偉い人になってる。

 

あの頃の僕は、ひねくれ過ぎていて酷かった。夜更かしし過ぎでニキビもひどかった。

 

そういえば、中学3年生になってようやく家にインターネット回線を繋いでもらうことができた。

エロサイトばっかり見ていた。あとはブログをやっていた。忍者ブログで毎日毎日日記を更新していた。ブログが楽しくて仕方がなかった。

あとはチャット。チャット全盛期の時代でした。タイピングが得意な自分はすごく自慢していた気がします。恥ずかしい。痛々しいです。。。

同じ中学3年の子と仲良くなった。男も女も垣根なく。やっぱり、顔が分からないから女の子を美化しすぎてしまっている自分がいましたね。メアド交換やってました。電話もしてました。まだLINEは無かったです。

 

高校生もしばらくはチャットをやってました。でも、ニコニコ動画youtubeで動画を見るようになりました。今も見てますけどね。涼宮ハルヒの憂鬱の影響が大きい。もちろんオタクと呼ばれる人種。自分ではそうは思わなかったですけど。

 

高校時代は一度、謹慎処分を受けました。母親を悲しませたのは本当に失敗でした。子供の喧嘩に親が突っかかってくる時代になってきました。自分だけ謹慎処分は納得できないですね。今も。手を出した相手がマザコンだったのが失敗だった。

それ以降はしばらく、女子からは腫物扱いでした。男子からは特に何もありませんでしたが。

高校も相変わらず、コンピュータ部でした。中学の頃と違ったのは、ちゃんとした大会があることですね。情報処理の知識を競う大会でした。結果は残せませんでしたが、高校自体が少ないので簡単に地方大会へ行くことができました。何もしていないのに旅行気分でどこかへ行けたのは良かったです。

高校3年生のときは、ちょっとした課外授業で結果を出して東京で課題を発表することができたのが本当にうれしかったです。東京で遊びたかった、高校で何か思い出を作りたかった、というのが一番原動力となりました。卒業前に東京観光できたのはよかった。

また、チャットで仲良くなった女の子と実際に出会ったことがありました。一緒に涼宮ハルヒの消失を見に行きました。お恥ずかしながら、あれが初めて女の子と二人っきりで映画でしたのでとても緊張しました。チャットの女なんてブスだろ!自分は棚に置いて喋っているのは分かっています。その女の子は割と可愛かったのです。正直、惚れたわ。

学生時代も2度くらい遊びましたが、なんだか合わなかったのでそれ以降は会っていません。連絡先も分かりませんね。

 

これくらいでしょうか。色恋沙汰がほとんどありません。辛い限りです...

 

気づけば令和元年5月1日の1時半。

 

平成は終わっていました。

 

さよなら平成

 

ようこそ令和。自分にとって、良き時代でありますように。